茶飲み話

電車に乗っていると、若い子が中途半端に座っているのでもう一人分の席に座れなくて吊革につかまったままの大人を見かけることがあります。わたしなんぞはちょっとつめてください、と言って座りますが。そうかと思えば見るからにやんちゃそうな若者がお年寄りに元気よく席をゆずるのも見かけます。こういうことってなんでしょうね。

この間田舎に帰ってきました、大分県の中津市です。合併によって市になっていますが、わたしの生まれたところは小さな山村(人口約5,000人)です。実家の裏山に東九州自動車道が出来ました(添付写真)。昔の山の景色が一変してしまい、寂しい感じがしています。高齢化ももちろん進んでいます、わたしの田舎はこれからどうなっていくのでしょう。普段そこには住んでいませんし、また自分のふるさとだからでしょうか、いいアイデアは浮かびません、情けなや。でもですね、そこに住み暮らしている人々が考えることで、外からさも訳知り顔でお節介すべきではないかも知れませんね。田舎に帰る際は少々お土産を買って帰ります。おやじが世話になっている施設の職員へのお茶菓子、近所のまだ比較的若いご家族(おふくろのことを気遣ってもらっています、何かあれば車で連れて行ってもらっています)へ、うちのお墓周りの草刈りもやってくれる近所のおっさんへ。おふくろはおふくろでお裾分けなどをやっているようです。まだまだお互い様ですねの心情はすたれてはないようです。そうそう、山といえば林業のことがいろいろと議論されていますね。福島県いわき市川部町では割り箸づくりで活躍する青年(磐城高箸という会社)がいるそうです。

林業のことは研究会でも議論してみたいですね。

最近、佐伯泰英さん、上田秀人さんの時代小説を読んでいます。いいですね、江戸に生きるいろいろな人の情けや覚悟が身にしみます。また、浅田次郎さんの「日輪の遺産」、「赤猫異聞」も泣けました。

さてさてだらだらとしましたが、わたしは仕事であれ私ごとであれ、さまざまな方々の思いや心根といったものに寄り添うことが大して出来ていないのではないかと思っています。もっと出来るようにならないといけませんね、とくに田舎に帰るたびに思い知らされています。

投稿者

上田 裕之